2015年6月21日日曜日

「ここで一緒に暮らそうよ」~地域包括ケア時代へのメッセージ~ を読みました

道南勤医協江差診療所の大城忠先生の本です。

隣の隣町の先生ですが、失礼ながら、ほとんど存じ上げなかったです。すみません。
距離にして65kmぐらいですか。海岸沿いの道をひたすら進むと江差町に向かいます。

松前と同様に地域医療にいろいろと悩み、医療者側と住民の方々が話し合いを持ち、お互いに歩み寄る努力をされてきた経緯、患者さんを通じて私たち医療者が学ぶこと、さまざまな人生観に触れました。

 日々、「人はどこで息を引き取るのか」

について考えます。救急でずっと働いてきたものとしては、救急室で亡くなられた方の多くは予想されない急変などで運ばれ、手を尽くしたが救命できなかった。
 御家族のかたが死を受け入れることが出来ず、号泣される方、言葉が出なくて立ちすくむ方etcを見てきました。
 私は、少しの言葉をかけることと現実を正確にお伝えすること。椅子を用意してあげること。これしかできなかったです。

ここ松前に来て、長期間外来で見ていた方や具合が悪くなって入院された方を最後まで病院で看取る機会が増えました。鎌倉で研修しているときは、長くても3ヶ月ぐらいしかお付き合いをさせていただいていない「患者さん」のお看取りでしたが、松前に来てから日常のお付き合いをさせていただく中で、患者さんだけでなく、御家族や親戚の方がどのような方か、お友達がだれなのか、いつもはどのような生活をされているのか少しずつわかるようになり、

 「生活のただ一部に医療がある」

と感じます。
また、そのような方が亡くなられるようなときは、近所のおじいちゃん、おばあちゃんが亡くなったような、時には自分のおじいちゃん、おばあちゃんを看取っているような気持ちになります。

 ここに赴任して、息を引き取られた方へ最後の挨拶をするときに何度か涙したことを思い出します。医師として、死亡確認をする際に涙を出すのはプロではないと先輩に言われたことがあります。年を重ねると(といっても、今は35歳)、涙腺は緩くなり、研修医の時以上に涙もろいです。自身が祖父を亡くし、子供ができ、家族を守る立場になると、
共に過ごされてきた御家族の思いを想像し、自分の感情が共鳴してしまうのでしょうか。
多分、今後も泣いてしまうことでしょう。プロ失格なのかもしれません。

 来週末は札幌でのプライマリケア学会地方会発表です。
私が2年間ここでやってきたこと、そして今後松前に残していきたいことの活動報告です。少ない時間で皆様にうまく伝えられたらと思います。
弁天の港風景・アワビ取りの船がでています




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