2015年3月22日日曜日

松前町立松前病院 その後⑨

何となく、風化されてしまっているような雰囲気を感じる毎日なので久々につらつらと書いてみます。

平成25年9月当院 院長始め、他の医師がそれぞれの思いをもって辞表を提出しました。

それは、どこの地域でもよくあることみたいなのですが医療側と行政側のすれ違いです。

単にすれ違いだけであればここまで問題になりませんでしたが、全国的に松前の名前が知れ渡ってしまいました。(医療関係、特に地域医療に従事されている医療者の方がたは皆さん、京都の舞鶴市民病院か松前病院かというぐらい知れ渡っています。そして、その後の舞鶴市民がどれだけ大変な思いをしているか。一度ついた汚名は10年20年消えません。)

なんとか、さまざまな条件を行政側と確認し履行してもらえることを約束の上、医療者はここに残りました。

あれから、1年半

一部の住民の方々は、町の医療を守ろうとさまざまに活動をされています。私たちもありがたいと感謝すると共に、

「町民の方々が、自分たちの医療を守る。考える」

という姿勢が見られるようになったことをとても嬉しく思います。
私たち医療者への厳しいご指摘もいただきたいですし、互いに協力していきたいと思っております。

しかし、時間というものは大きく立ちはだかります。
なんとなく表面上は落ち着いたように見えるため(診療も継続していますし、ドクターヘリも要請していますので。)、皆さんの中で一安心している風潮が漂っています。
外来に来られる患者さんの中にも「もう、終わったんでないのか?」と質問される方が多いです。

あのとき、交わされた約束事がなにも果たされていないのにいいのか。

ましてや、ある町民が病院を相手取り(いつの間にか、対象が院長に変わっていましたが)裁判を起こしましたが、
まったくの門前払いだったこと(議論する意味もない)、一部の内容についても、法的間違いはないと判決が出たにも関わらず、未だに病院サイドが悪いと言い歩いている方々がいることに私はとても腹立たしく感じます。
そして、町民の方々の中にそれを信じてしまう方がおられます。

人の言葉に騙されないで下さい。

本当に自分にとって大切なこと、今後5年先、10年先に何が大切なことなのか考えて下さい。

 目の前の利益にとらわれず、おかしいと思ったら、人から聞くのではなく、自分で考えて行動に起こして下さい。誰かがやってくれるだろうなんてことはありません。

あれから、1年半

このまま何も変わらなければ、同じことが繰り返されます。
歴史は繰り返されます。

失ってから嘆くことは誰でも出来ます。

地域の病院がその町にとってどれだけ意味があるか考えて下さい。
雇用の場としても大きい職場です。
また、介護施設が存在できるのも入院できる病院が近くにあるから出来ることです。
そうすると、介護職員の方々の雇用の一部も担っています。
その方々が地域で生活するために食品を買い、生活のためのお金をその町で使用する。
若い方も生活する。子供が出来る。etc

これは、一般論ですが職場がなければ人は流出します。町は崩壊します。役場も縮小します。公務員も新規採用は減ってくるでしょう。議場の論議だけでは何とも防ぐことが出来ないことです。今あるものをどう活用するかを考えないといらぬ出費を重ねるだけです。(新しい企業誘致とか。)

私は、この町の人が好きです。とても人間味があり家族共々お世話になっています。それは医師だからというところもあるのかもしれませんが、それを考慮しても本当にお世話になっています。だからこそ、この町が崩壊しないため応援をしたいのです。

地元の人の頑張りが最後の砦です。頑張っていきましょう。




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